フェスティバル/トーキョーの「まちなかパフォーマンスシリーズ」は、劇場以外のさまざまな場所で作品を展開するプロジェクト。今年は、東京以外の場所へも、その範囲を広げます。
中野成樹+フランケンズ『半七半八(はんしちきどり)』は、江戸を舞台にした岡本綺堂の推理&時代小説『半七捕物帳』をベースにした作品。観客は、江戸川を挟んで東京(江戸)に接する千葉県松戸市を巡りながら、不可思議なミステリーの世界を体験することになります。
さて今回は、舞台となる松戸市内を中野さんに散策してもらいながら、作品について、そしてこの街について聞くことにしました。旅のパートナーは、同じく「まちなか〜シリーズ」で『アドベンチャーBINGO!!』を上演する福田毅さん。少人数の参加者とビンゴゲームをしながら演劇を展開するという同作を手がける福田さんは、フランケンズのメンバーであると同時に、じつは松戸市で生まれ育った松戸っ子でもあります。2人は、松戸の街に何を見出すのでしょう? 男2人の、ぶらり街歩きのはじまりです。
(聞き手・文:島貫泰介 撮影:鈴木 渉)
「点」で見たい街、松戸
ー松戸駅から見た街の様子。チェーン系の飲食店やコンビニが立ち並ぶ
千葉県北西部、東京と千葉の境に位置する松戸市は、都心から電車で20分という好立地もあり、東京で働く人たちの生活の街として親しまれています。江戸時代に遡れば、太日河(ふとひがわ。現在の江戸川)を渡るための舟が往来し、その手前の宿場町が大いに栄えた、関東圏の移動に欠かせない場所でした。昔も今も、人が行き来する活気のある街。それが松戸なのです。
福田 僕の生まれ育った街はここから数駅のところだったので、子どもの頃は自転車で遠出して、ゲームセンターに遊びに行ったり、図書館に通ったりする場所が松戸でした。
80年代当時はバブル真っ盛りで、松戸もイケイケだったんですよ。「東京に追いつけ追い越せ。いやむしろ、こっちの方が上だろ!」っていう意識が強い土地で、尖ったデザインの建物や、オシャレなお店があちこちにあった。映画館なんて、4つもあったんですよ。今や全部つぶれちゃいましたけど(苦笑)。バブルがはじけて、その後は元気がなくなっちゃいましたねえ。
ーまだ夏の陽気が残る午後、松戸の街をゆく二人
中野 すごかったんだね。俺は江戸川の向こうの柴又で育って、正直に言うと、松戸は「名前は知っている」くらいだったんだよ。こんなこと言うと怒られちゃうかなあ……。
福田 でも、それよくわかります。柏まで行くと「音楽の街」ってイメージがあって、サンプラザ中野さんも柏出身だったりするでしょ? 千葉県民にとっては柏=千葉の渋谷、って感じですから。「松戸で降りるくらいなら東京へ行くよ」っていうのが千葉人の本音かと。
中野 言いたい放題だな(笑)。でもさ、『半七半八(はんしちきどり)』を松戸で上演するにあたって通い始めたんだけど、はじめて駅に降りた瞬間に「あ、いける!」って思ったんだよね。
福田 それはまたなぜ?
中野 2013年のF/Tで上演した『四谷雑談集』+『四谷の怪談』は、四谷の街を巡ってく内容だったんだけど、四谷は歴史のドラマが街の至る場所から感じられて、結果として新しい物語をその上に重ねることなく、街そのものを見てもらうって感じに落ち着いたじゃない。福ちゃんも出演してたからわかると思うけれど。
ーF/T13『四谷雑談集』+『四家の怪談』より 『四谷雑談集』の福田毅
福田 そうですね。しかも、その後に四谷の階段が『君の名は。』のラストシーンに登場しちゃって、さらに別の聖地になっちゃいましたし(笑)。
中野 言い換えると、四谷は街にたくさんある点を線で結べる土地なんだよね。でもさ、松戸は「点」でしか見れない感じがある。でもそれはね、悪いことじゃあないんだよ。
東京から「ちょっと」離れて考えてみる
ーつまみやお酒も出てくる、ほぼ居酒屋状態のカレー専門店。こんなよい塩梅のお店が、松戸駅前にはたくさん
「線」ではなく「点」を感じる街だと松戸を表現する中野さん。その真意はいったい?
中野 そもそも原作の岡本綺堂の『半七捕物帳』をいつかやってみたいと思っていたんだけど、柴又っていう江戸の外れ、むしろ「そこは江戸じゃないんじゃないか?」ってくらいの場所で生まれ育った俺が、綺堂の描いた江戸っ子の話を真っ正面からやることに照れというか、恥ずかしさがあった。江戸っ子に憧れてるけど「自分は偽物なんだ」って気持ちが強いからさ。
だから、江戸に向かってまっすぐに立ち向かうんじゃなくて、江戸川を越えて、川の向こうからなら俺にも江戸を考えることができる気がしたの。だからタイトルが『半七半八(はんしちきどり)』。半七の偽物の半八だから、本物を気取ってるわけ。
そんな気持ちで台本を書き始めて、ようやく昨日書き上げたんだけど、結論を言うと、まったく江戸の話にはならなかった(笑)。松戸についてだけの話になって、というか『半七捕物帳』の影もかたちもなかった(笑)。
福田 出た! 中野さん得意の「誤意訳」!
中野 なんでだろうと考えると、松戸って街の「点」性によるものって気がするんだ。例えば松戸には飲み屋が多い。で、俺ははしご酒が好きなんだけど、はしご酒の体験にストーリー性って必要ないじゃない。
ー中野さん曰く「呑んべえの気持ちがわかっている」ウーロンハイ200円(税込)の看板
ー奥に見える個性的なお店の外観は、対決する龍と虎、アメコミキャラなどがデコレーションされている。たぶん手作り
福田 次々と店をホッピングすること自体が楽しいわけですからね。
中野 もちろん、松戸らしいお店、老舗であればなんらかの土地の物語が立ち上がってきそうだけど、同時に「チェーン店でもよくね?」って浮気な心構えでも、許してくれるのが松戸だと直感したんだよ。
現代演劇をやっているとさ、例えば大きな歴史だとか、今問題になっている政治のこととかを巧みに結びつけねばならぬ、みたいなプレッシャーがどこかにあるじゃない。もちろんそれは必要だし、ブラックボックスという閉鎖された空間のなかで十全に物語を組み立て、語る技術を持たないと話にならない。ならない、とは思うんだけど、星座を結ぶように何もかもつなげてみることだけが、意味のあることなのか? と、疑問にも思うの。その疑問を受け止めてくれる余地が、この松戸にはある気がする。だから今回の作品は、本当に「松戸の話」に落ち着いたんじゃないかなあ。
中野成樹+フランケンズ『半七半八(はんしちきどり)』
作・演出:中野成樹 ドラマトゥルク:長島 確 原案:岡本綺堂『半七捕物帳』より
会場 PARADISE AIR、FANCLUB(受付)ほか
松戸の隠れた名所を巡る
そうこうするうち、一行がたどり着いたのは『半七半八(はんしちきどり)』の会場の一つとなるイベントスペース「FANCLUB」。船内を模した
という丸窓が特徴的なこのスペースでは、街づくりに関わるイベントや、還暦近いオーガナイザーが主催するDJイベントなどが行われているそう。松戸市民のポテンシャルを感じさせてくれる場所です。
ー FANCLUBの内観。ミラーボールなど機材の一部は、有志が自主的に持ち寄ったものだとか
中野 上の世代が元気、っていうのがいいよね。俺はバブルに乗り損ねた世代だからどこかみみっちぃところがある(苦笑)。お金の使い方がわかってる大人になりたかったよ。ところで福ちゃん、そっちの作品はどんな感じになりそう?
福田 『アドベンチャーBINGO!!』は、タイトルどおりビンゴゲームをやるんです。僕のソロ作品は観客とコミュニケーションを取りながら進む内容が多いので、今回もひとつのテーブルを囲めるくらいの5〜6人くらいで全24回上演します。
1から99までの数字と『「ロミオとジュリエット」』『時そば』なんてタイトルが記されたカードがあって、お客さんはそこから気になるタイトル、もしくは自分のビンゴカードにある数字を選んでいくんです。そうしたら、僕が即興的にそのタイトルにまつわる演劇をして、なんとなく全体が1つの物語になっていく。そんな感じです。
中野 ビンゴってことは賞品も出るの?
福田 いちおう。でもそこが駆け引きで、観客はビンゴを揃えるのを優先するか、面白そうなタイトルを選ぶのかっていう選択に悩まされるわけです。もともとはF/T側から「観客とのコミュニケーションを主軸にした作品をつくってほしい」というオーダーがあって、自分の興味的にも「大きなコミュニケーション」と「小さなコミュニケーション」の中間地点をつくりたいなというのがあったんです。プライベート以上、パブリック未満というか。それで人数を少なくしたわけですが、上演を行う会場も劇場と劇場外のあいだはどこ? ってことで、他のF/T演目が行われる劇場のロビーになったんです。上演前、上演中、上演後と、いろんなシチュエーションでビンゴしますよ。
ー FANCLUBの窓から懐かしの松戸の街を眺める福田さん
中野 他の演出家は何か言ってた?
福田 柴(幸男)くんは「面白そうですね」って言ってました。だから『わが星』は絶対に入れたい。あとは見たことないけどイナト・ヴァイツマンさんの『パレスチナ、イヤーゼロ』も入れたい。まったくの偶然で、僕の即興がネタバレになってしまったりして(笑)。
中野 怒られるよ!
『アドベンチャーBINGO!!』 作・演出・出演:福田 毅
会場 東京芸術劇場 アトリエウエスト、 あうるすぽっと ホワイエ 日程
「点線」の演劇
FANCLUBの他にも、『半七半八(はんしちきどり)』の会場はあります。例えば元ラブホテルというユニークなつくりのアーティスト・イン・レジデンス「PARADISE AIR」。
ーPARADISE AIR内観
ーPARADISE AIR外観。名称は取り組みを支援するパチンコ&スロット店「楽園」に由来しAIRはアーティスト・イン・レジデンス(Artist In Residence)の略称
かつての宿場町「松戸宿」の一角にある「古民家スタジオ 旧・原田米店」は大正・昭和の建物を生かし、アーティストのスタジオとして活用されています。
ー旧・原田米店。この奥には共有スペースの原っぱが広がる
福田 小さい頃から松戸はずっと通ってきたので、時代ごとの変化を肌で感じてきましたが、変わらないものと変わっていくものが混在する街なんだな、って印象をあらためて持ちました。
歴史を遡れば、徳川幕府最後の将軍・慶喜の弟、徳川昭武が終の住処に選んだのも松戸の街でした。幕末の動乱期に幕府を代表して外遊に出た昭武は、遠いパリの地での留学中に、大政奉還の報を受けます。帰国後は、明治天皇の側につく公職を務めながら、当時貴重だったカメラを趣味とし、松戸のさまざまな風景を撮影しました。そんな文化的地盤も、現在の松戸の活気あるアートシーンに影響を与えているのかもしれません。
中野 だから不思議な余裕があるんだよね。『半七半八(はんしちきどり)』は、一種の推理劇になっているんだけど、ある作劇上の仕掛けによって、観客はなんとも宙ぶらりんな気持ちになると思うんです。でも、何もかもが線で因果が結ばれるんじゃなくて、点は点としてずっとそこにある、という現実もある。というか、むしろその方が多い。
なんとなく自分がやりたいなあ、と思っているのは、人生にとってほぼ意味のない時間に対しても手を差し伸べる機会をつくることなんじゃないかって気がします。
福田 僕の場合、ソロパフォーマンスは全部自分でやることが基本だから、劇場で大勢のスタッフと協働してつくるような強い線はそもそもつくれないんです。でも、線にならなくっても、点線くらいにはなってると思うんです。
中野 点線っていいね! そう、点線で考えていきたいんだ。
ー 江戸川河川敷から臨むスカイツリーは霞んで見える。東京は近いようで遠い
中野成樹
舞台演出家、中野成樹+フランケンズ主宰 1973年東京生まれ。日本大学芸術学部演劇学科専任講師。近作に『えんげきは今日もドラマをライブするvol.1』(2016)など。としまアート夏まつり「おばけ教室」(13-16)、文化庁「日中韓文化芸術教育フォーラム」WS講師(14)など、近年は教育、地域活動にも視野を広げている。F/Tへの参加は『四谷雑談集』+『四家の怪談』(13)がある。
福田 毅
俳優 中野成樹+フランケンズ所属。劇団公演のほか、『From the Sea』(F/T14)など、客演も多数。2009年よりソロ・パフォーマンスを開始、近作にTwitterに書きとめた寓話を構成した『鷹』、同作の改訂版『かも』(共に2015)、F/T16『ふくちゃんねる』など。
フェスティバル/トーキョー17主催プログラム
中野成樹+フランケンズ『半七半八(はんしちきどり)』 作・演出:中野成樹 ドラマトゥルク:長島 確
原案:岡本綺堂『半七捕物帳』より
古今東西の名戯曲を現代の日常に移植する「誤意訳」上演で知られる、中野成樹+フランケンズが4年ぶりにフェスティバル/トーキョーに登場する。江戸の情趣を豊かに盛り込む時代小説『半七捕物帳』をベースにした新作の舞台は、東京と川一つを隔てた千葉県の松戸。観客は、とある事件をめぐる謎を追い、市内のいくつかの場所を巡っていく。鍵を握るのは、江戸の親分・半七と、彼に憧れる松戸の男・半八。ある日、その名の通りなんでもスッキリ割り切る半八(8/2)のもとを、割り切れぬ顔の半七(7/2)が江戸から訪れて─。
日程:10月6日(金)~10月9日(月・祝)
会場 PARADISE AIR、FANCLUB(受付)ほか 詳細・チケット
タテ、ヨコ、ナナメ。バラバラの「お話」がそろったら−−?
テレビ通販のスタイルを踏襲し、世界の名作戯曲をカフェの店内で売り込んだF/T16『ふくちゃんねる』など、持ち前の包容力と応用力で、観客を巻き込む俳優、福田毅。超少人数の参加者(観覧は自由)と共にビンゴを楽しもう!という本作では、誰もが知るあの物語から、いまだ知る者のいないオリジナル戯曲まで、さまざまな番号=演目をランダムに演じ、それらの思わぬつながり、演劇の果てしない広がりを体現していく。
日程 10月14日(土)~11月11日(土)
会場 東京芸術劇場 アトリエウエスト、 あうるすぽっと ホワイエ 詳細・チケット
フェスティバル/トーキョー17 演劇×ダンス×美術×音楽…に出会う、国際舞台芸術祭
名称: フェスティバル/トーキョー17 Festival/Tokyo 2017
会期: 平成29年(2017年)9月30日(土)~11月12日(日)44日間
会場: 東京芸術劇場、あうるすぽっと、PARADISE AIRほか
舞台芸術の魅力を多角的に提示する国内最大級の国際舞台芸術祭。第10回となるF/T17は、「新しい人 広い場所へ」をテーマとし、国内外から集結する同時代の優れた舞台作品の上演を軸に、各作品に関連したトーク、映画上映などのプログラムを展開します。 日本の舞台芸術シーンを牽引する演出家たちによる新作公演や、国境を越えたパートナーシップに基づく共同製作作品の上演、さらに引き続き東日本大震災の経験を経て生みだされた表現にも目を向けていきます。
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ディレクター・メッセージ: フェスティバル/トーキョー17開催に向けて 「新しい人 広い場所へ」