F/Tテアトロテークでご紹介するマルターラー2作目は通称『ムルクス』、『そのヨーロッパ人をやっつけろ!クリストフ・マルターラーの愛国的夕べ』という作品。1993年から2007年まで14年間で176回上演された、まさに歴史に残る最高傑作であり、最高のヒット作です。もうこれを見ずしては、マルターラーも、ドイツ現代演劇も、いやはや世界の演劇史を語ることはできないと断言してもいい、それくらい重要な作品です。
今回お見せする映像は、2007年2月25日にフォルクスビューネで上演された最終公演がDVD化されたもの。今回のF/Tテアトロテークのためだけに日本語字幕をつけました。14年間も上演され続けたレパートリー作品のアンサンブルの素晴らしさは、鳥肌ものです。
マルターラー演劇特有の、緩慢で、極度に引き延ばされた時間、そこに流れる不思議な空気や違和感といったものが、DVDでは伝わらないかもと心配でしたが、このDVDはさすがにその難しさをよく理解した上で作られているため、実際に舞台を見ているような臨場感を味わうことができます。
社会主義時代の東ドイツの終焉を、ドイツの愛国的歌曲の合唱に載せて奏でる・・・美しくもメランコリックな音楽は、私たちが良く知っているシューベルトやワーグナーもありますが、中には、ナチ党歌、ヒトラー青年団の歌、東ドイツ国家なども織り交ぜられています。日本で言えば、軍歌や君が代を、(ドリフターズみたいな)とびきりコミカルな俳優たちが、とびきりユーモラスに合唱し続ける、そんなイメージでしょうか。国家とは何か、その崩壊とは何か。そのとき、個人はどう存在しえるのか。そうした極めて重いテーマを、思想として声高に叫ぶでもなく、分かり易い物語に仕立て上げるのでもなく、ただ、既存の歌曲やテキストのコラージュによって、劇場という公共の空間に、ぽっかりと浮かび上がらせ、観客ひとりひとりの心の奥底を振動させるマルターラー。その途方もない革新性に、ぜひ触れてみてください。
ちなみにこの傑作のドラマトゥルクは、現HAU(ヘッベル劇場ベルリン)の芸術監督、マティアス・リリエンタール氏。彼は、同じくF/Tテアトロテークで紹介するクリストフ・シュリンゲンジーフの『外国人よ、出て行け!』のドラマトゥルクでもあります。あるドラマトゥルクの怪物的仕事として、二つを見比べるのもオススメです。
⇒解説1弾『家族会議』
⇒解説3弾『アリアーヌ・ムヌーシュキン:太陽劇団の冒険』
⇒解説4弾『外国人よ、出ていけ!』
⇒解説5弾『浜辺のアインシュタイン』