アリアーヌ・ムヌーシュキン。1939年生まれ。御歳、71歳。日本の演出家でいうと、鈴木忠、大田省吾(1939年生)、蜷川幸雄、寺山修司(1935年生。今調べていて蜷川さんと寺山が同い年と知って驚愕)、唐十郎(1940年生)・・・つまり日本のアングラ世代とバリバリ同時代人のフランス人女性演出家です。この世代の演出家は、70代になっても全力疾走のまま演劇と人生が一体となっているその有り様に、尊敬を覚えずにはいられません。
今回上映するドキュメンタリーは、2009年に制作されたばかりの、最新作であると同時に、ヌムーシュキンと太陽劇団の半世紀が凝縮された、まさに、一人の演出家と劇団の人生そのものを描いた貴重な映像記録です。
「子供の頃からずっと求めていたこと、つまり、世界を変貌させることが、劇場でできるとわかった」「人生で一番好きなものは? 皆が「太陽」と答えた。それで「太陽劇団」。それは友人たちと創った王国。人生の真実の美を探求する―」(字幕より抜粋)
1964年の劇団結成以来、常に社会と向き合い「演劇にしかできないこと」を芸術・政治両面から探求し続けてきた太陽劇団。劇団結成当初のムヌーシュキン、それを振り返る現在のムヌーシュキン。伝説的革命劇『1789』の映像も、最新作『かげろう』の舞台裏や稽古場風景も、とにかく貴重すぎるお宝映像が次から次へと出てきます。弾薬庫を改装した本拠地「カルシュトリー」も、倉庫時代から現在に至るまでの変遷が映し出されていて、劇場が時間とともに育った軌跡が分かります。
太陽劇団およびムヌーシュキンの素晴らしさについては枚挙に暇がありませんが、今回のF/Tテアトロテークで紹介することにした最大の理由は、ムヌーシュキンが追い求める「演劇におけるユートピア」とは何かを再確認し、そこに託された「演劇の公共性」を探りたいと考えたからです。フランスでは、ある程度実力のある演出家は国や地方が運営する公設の劇場の芸術監督に任命され、いわば「公務員」として作品を作る立場に立っていくわけですが、ムヌーシュキンは生涯を通じて、インディペンデントな劇団運営を貫いています。つまり太陽劇団は、今も昔も、一個人の周りに集まった人々による、一民間劇団であるわけです。もちろん公的助成金も得ますし、海外公演をするときはフランス国家がバックアップをしますが、母体は常にプライベート。こうした一個人のイニシアティブが、100名近い劇団員に給料と仕事を与え、劇場を運営し、年間何十万人もの観客を動員し、演劇を通じて社会と接する姿勢を世界中に伝道しているということ自体が、もはやいかなる公共文化政策よりも広く、強く、パブリックな成果を生んでいるのではないか、という気がしてなりません。
そのあたりの考察を、この上映の後、シンポジウム・テーマ1「芸術の公共性を考える」で深めることができればと思います。
⇒解説1弾『家族会議』
⇒解説2弾『そのヨーロッパ人をやっつけろ!』
⇒解説4弾『外国人よ、出ていけ!』
⇒解説5弾『浜辺のアインシュタイン』