劇団名でもある「路地(コルモッキル)」から見える庶民の視点で、現代社会に潜む問題を大胆に描く劇作家/演出家パク・グニョン。フェスティバル/トーキョー16への参加作品『哀れ、兵士』は、時間と国境を越えた4つのエピソードを通して、現代国家システムへの疑問を投げかける意欲作である。
そんな同作がこの日本で上演される意義を伝えるべく、朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」の編集長で、日韓の架け橋として各方面で活躍するジャーナリスト辺 真一氏とパク氏の対談を企画。お互いに「ぜひお会いしたいと思った」という2人の対話は、最後まで深い共感に溢れたものになった。
文:西本 勲 撮影:細川浩伸
『哀れ、兵士』が描き出すもの
辺 韓国で初演された様子をDVDで観させていただきました。そして、これほどまでに重いテーマの作品が大きな反響を呼んだのは、韓国人の政治意識がとても高いということの1つの証拠だと思いました。最も感銘を受けたのは、すべて実際に起こった出来事をモチーフにしていることです。4つの事件を基に1つの流れが作られ、共通したテーマを浮き彫りにしていく。これを観て、私は1996年の江陵浸透事件を思い出しました。北朝鮮の潜水艦が韓国の江陵に入ってきて座礁した、大きな事件です。私は唯一生き残った北朝鮮の軍人にインタビューしたのですが、その時の軍人の話と、本作で描かれている脱走兵のエピソードや、天安艦で亡くなった兵士たちのエピソードに共通するものを感じました。南北戦争、38度線という重荷がある限り、このような悲劇は絶えないのだと。
パク 江陵の事件については、以前私が演出を手掛けた『くじら』(イ・ヘソン作)という作品で取り上げたことがあり、韓国で何度も上演しています。そういうところまで深く読み取っていただけてとても嬉しいです。ご覧になって気づいていただけたと思いますが、私はイデオロギーについて特に強く伝えたいと思っているわけではありません。韓国は、「分断」という現実の中で悲しい部分をたくさん持っている。それはもちろん軍人だけでなく、軍人の家族や、私たち全員に関わる問題だと考えています。
辺 本作では4つのエピソードを取り上げていますが、その1945年から今日まで、韓国にまつわる悲劇的な事件は他にも挙げればきりがないほど起きていますね。
パク 大韓民国は、世界で唯一の分断国家です。それは外的勢力によってなされたもので、私たちだけの力で統一することはできません。そして先ほども言ったように、韓国が抱えている問題の多くは、分断があるからこそ起きている。本作で題材にしている、韓国の軍人が米軍の下でイラクに派遣されたこともそうですし、天安艦の沈没事件もアメリカから調査団が入っていますが、真実は今もベールに包まれています。そのような中で、「ヘル朝鮮」という言葉が流行しているように、韓国の若い世代は未来に希望を持つことができていません。それらがすべて分断のせいではないかもしれませんが、そこに基づいている部分は大きいでしょう。先ほど江陵の事件の話が出ましたが、解放前(戦前)にも同じような事件はたくさんあって、日本軍の下に命を捧げなければいけなかった韓国の人たちが大勢います。もちろん、当時は日本の軍人たちもたくさん辛い思いをしていたわけですが、やはり解放前からの問題が今もそのまま続いているのではないかと、私は考えています。この『哀れ、兵士』では、そうしたいろいろな物語を1つに紡ぐことで、「今はどうなんだ?」という問題提起をしたかったのです。
辺 韓国では3月に初演されたのですよね。
パク 当初は18回の予定でしたが、最終日にもう1回追加して計19回上演しました。韓国の観客は若い人たちがほとんどで、好意的に観てくださいましたが、もう少し上の年齢層の人には「こういう話は嫌だ」「どうしてこんなものを作るのか」という声もあったようです。
辺 私が編集長を務めるコリア・レポートも、韓国大使館とか保守的な人たちから「どうして国の恥を暴露するのか」などとずいぶん批判されました。しかし、これは韓国が民主化、近代化、成熟した国家として歩んでいくための試練だというのが、私の信条です。2014年には『大統領を殺す国 韓国』という本を出しましたが、この衝撃的なタイトルは出版社から提案されたもので、私は非常に迷いました。でも本の中身には自信がありましたから、読んでくれればきっと理解してもらえるだろうと思いました。パクさんのこの作品も、19回も上演されて大きな賛同を得たのは、それだけ共感を得ているということではないかと思います。そして、本作で取り上げられた4つのエピソードは、日本にとっても決して無縁ではありませんから、日本で上演された時の反応が非常に楽しみです。
パク 韓国の観客は感情表現がすごくストレートで、泣いたり笑ったり、感情をどんどん表に出しますが、日本の観客は何を考えているかちょっと分かりづらいところがあります(笑)。でも辺さんがおっしゃったように、この作品で描いているのは私たちの国だけの問題ではなく、どの国の人でも何かを感じていただけるのではないかと思います。
辺 ちょっと笑える、ウィットの効いた台詞も随所に出てきますね。こういう重いテーマでよくそんなことを思いつくものだと感心しながら、韓国の観客はこういう場面で笑うんだな、と思いました。これは果たして日本で通じるかな?と思うところもいくつかありましたが(笑)。
パク 長年仕事を共にしている石川樹里さんが今回も翻訳してくださっていて、日本の観客の皆さんに理解してもらえるかという視点でも多くのアドバイスをいただきながら、台本を何度も修正しています。せっかくフェスティバル/トーキョー16で上演させていただくのですから、観客の皆さんがリラックスできるような形で、笑いの要素も盛り込みながら、「この作品を観てよかった」と思えるような形にもっていきたいと考えています。
日韓の演劇事情について
辺 これまでいろいろな作品を手がけてこられたと思いますが、それらの作品と『哀れ、兵士』の違いはありますか?
パク 私の活動は小劇場が中心で、たまに中劇場、大劇場でもやるのですが、劇場の規模やキャストの数などは変わっても、描きたいことにほとんど違いはありません。現実批判を前面に出すということもなく、どの作品でも身近なことを通して、今の私たちというものを描こうと思っています。
辺 韓国の小劇場というのは、アングラ的な位置付けになるのですか?
パク 小劇場の80%くらいは商業演劇みたいな感じで、ギャグとかコメディ、あるいは若い男女の恋愛物語が多いです。でも、日本のアングラ演劇の影響も受けながらこつこつ続けている劇団もありますね。代表的な演出家で、オ・テソクさんやイ・ユンテクさんといった人たちはその流れです。
辺 私も新宿梁山泊の金守珍さんが友人で、アングラというかゲリラ的な劇はよく観に行きます。非常に刺激的ですよね。韓国の創作環境や日本との違い、あるいは日本の演劇界との交流などについてお話しいただけますか?
パク 日本の演劇界のことはそれほどよく存じ上げていませんが、いつも羨ましいと思うのは、日本は本当に作家が多様で、いい戯曲がたくさんあること。韓国では、非常に才能のある作家でも演劇だけでは食べていけないので、劇作と並行して童話を書いたり、放送のシナリオを書いたりしているうちに、演劇から離れてしまう人がけっこう多いんです。そして韓国は私の作品も含め、どちらかというと大きな塊を描くことが多いんですけど、日本の作品はもっと仔細な部分、ディテールを描いているものが多い。そこもいいなと思います。それから、韓国は劇団も俳優も評論家も、いいものは全部ソウルに集中している。地方にいい作家がいたり、いい作品ができても、みんなソウルに来てしまって、そこはちょっとどうかなと思っています。それに比べると、日本はまだあちこちに満遍なく分布していると感じます。
辺 青森でも公演されたことがあるそうですね。
パク 青森県立美術館で公演しました(2007年『ギョンスク、ギョンスクの父』、『ソウルの雨』(長谷川孝治 作・演出)、2008年『青森の雨』)。美術館と、弘前劇場という劇団と交流を続けて、東京とソウルでも公演しました。劇団コルモッキルと弘前劇場の俳優が同じ舞台に立ち、バイリンガル演劇として上演しました。
辺 韓国と日本は、基本的に同じような問題、悩みを抱えていますから、極端に言うと韓国でヒットした作品は日本でもヒットするし、日本で感動を与えたものは韓国でも感動されると思うんです。そういう作品を、日韓が協力し合って上演できれば、観客にとってこんなに喜ばしいことはないですね。
パク 演劇に限らず、交流はすればするほどいいと思っています。交流と言っても難しく考える必要はなく、私はもっと単純に考えているんです。とにかく「会う」ことだと。たくさん会って、お互いに話す。そうして相手と自分の違いを認め、良いところを学び合う機会が増えればいいなと思っています。現状、韓国から日本に公演に来たり、韓国の俳優が日本へ修行に来ることは多いですが、その逆は少ないんですよね。日本のスタッフが韓国に来たり、財団から支援されたりということはあるのですが。日本の俳優が韓国の劇団に来て勉強するような機会も、もっと増えればいいなと思います。
辺 私は天邪鬼な性格なので、韓流ブームの頃、韓国のドラマや映画をほとんど観なかったんです。そしてブームが終わると、みんなが観ないなら観ようと思って(笑)、初めて韓国の役者の演技の上手さに驚きました。テレビも映画も本当にいい役者を使っていて、これはハンパじゃないなと。そういう役者のレベルの高さが、韓流ブームの理由のひとつじゃないかと思いますね。この『哀れ、兵士』でも、役者は皆さん素晴らしいです。最初に出てくる憲兵なんて、本物を連れてきたのかと思ったくらい(笑)。
演劇とジャーナリズム
辺 私が大学生の頃はちょうど全共闘が盛んで、大学はデモで授業がなく、しかし私は在日韓国人なので日本の政治運動に参加するわけにはいきませんでした。当時は在日韓国人が日本で就職する道も閉ざされていて、やることがなく、それで学生演劇をかじったんです。後輩に、今は日本でとても有名な俳優になった奥田瑛二という男がいました。
パク そうでしたか。私はもともと記者になりたかったんです。
辺 私と逆ですね(笑)。
パク ウォーターゲート事件のような記事を書きたいと思っていました。でも、記者になるには進学しなければいけないと言われて、私はとにかく勉強ができなかったから諦めました。
辺 私がコリア・レポートを立ち上げたのは1982年。とてもマイナーな存在でした。演劇に例えると超アングラ(笑)。当時の韓国は全斗煥政権で、言論の自由が保障されていなかった時代です。そこで、たとえ小さなメディアでも、韓国では書けない情報を東京から世界に発信しようという信条を持ってスタートし、今日に至っています。それは今まで書いてきたことが評価された結果だと思っていますが、私は評価されようと思って記事を書いたことはありません。今日パクさんとお話をして、そういうところは共通しているように感じました。この『哀れ、兵士』も、観客に感動を与えることが優先ではなく、事実関係をしっかりと作品にして世に出した結果、評価されているわけですから。あえて演劇とジャーナリズムの違いを言うとしたら、ジャーナリストの書いた記事は一度読まれて終わりですが、演劇作品の場合は何度も上演されます。『哀れ、兵士』のように、国境を越えて上演されることもある。明らかに生産性がありますよね。そして何と言っても強いのは、視覚と生きた言葉で伝えることができること。それは文字で伝えるより、圧倒的に力があると思います。ですから、私はもし生まれ変われるなら演出家になりたいです(笑)。
パク 社会に対する影響力という意味では、演劇よりジャーナリズムの方が大きいでしょうね。昔は、演劇が社会に大きな波を起こすくらいの影響力を持っていた時代もあったと思いますが、残念ながらそれはだんだん薄れてきています。もちろん、他の芸術分野と同じように、人の心を動かす、感動させるという役割は続いていると思います。でもひとつの社会、ひとつの世界に対して大きな何かを投げかけるという力は弱まってきているんじゃないかと。ただそれでも、演劇が何かのきっかけになる可能性はある。大きな変化をもたらすことはできなくても、小さな灯をともすことはできるんじゃないか。劇場の中で1時間半〜2時間という時間を共有しながら、観客を幻想の中に連れて行ったり、引き込んだりする演劇には、何かを動かす力があると私は思います。
辺 これからもいろいろな場所で素晴らしい作品を上演していただきたいですし、そのためにも、この作品がフェスティバル/トーキョー16でも成功を収めることを期待しています。
パク ありがとうございます。
パク・グニョン(Kunhyung Park)
1963年生まれ。劇作家、演出家、劇団コルモッキル主宰。韓国芸術総合学校演出科教授も務める。代表作は、『青春礼賛』、『代代孫孫』、『ギョンスク、ギョンスクの父』、『あまり驚くな』、『満州戦線』、『蛙』(アリストパネス原作)、『ヒッキー・ソトニデテミターノ』(岩井秀人作)など。新宿タイニイアリス、上野ストアハウス、青森県立美術館など日本でも多数公演を行っている。2010年、演出を務めた韓国版『眠れない夜なんてない』(平田オリザ作)は、大韓民国演劇大賞を受賞した。
辺 真一(ぴょん じんいる)
1947年東京都生まれ。コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員、日本外国特派員協会会員。明治学院大学英文科卒業後、新聞記者を経てフリージャーナリストに。1982年、有料会員向けの朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」を創刊。海上保安庁制作アドバイザー、沖縄大学客員教授を歴任。テレビ、ラジオ出演も多数。主な著書は『北朝鮮と日本人』(アントニオ猪木との対談)、『大統領を殺す国 韓国』(以上KADOKAWA)、『「金正恩の北朝鮮」と日本』(小学館)など。
パク・グニョン×南山芸術センター『哀れ、兵士』
作・演出: パク・グニョン (劇団コルモッキル)
「生きたかった人々」の記憶が投げかける、「いま、ここ」への問い
劇団名でもある「路地」に生きる庶民の視点から、現代社会の諸問題に大胆に斬り込む、劇作・演出家パク・グニョン。『蛙』(2013)での元大統領をめぐる風刺表現をきっかけに助成金申請の辞退を強いられるなど、国家と芸術表現の間で格闘する彼が、南山芸術センターの協力を得て、この3月に発表した話題作がF/Tに登場する。続きは→
会場:あうるすぽっと 公演日:10/27 (木) ─ 10/30 (日) チケットはこちら→