%e2%98%85%e4%bc%90%e6%8e%a101_photo_natalia-kabanow
『Woodcutters ― 伐採 ― 』  Photo:Natalia Kabanow

 

寄稿 池田信雄

ポーランドの演出家クリスチャン・ルパは自ら翻案したトーマス・ベルンハルトの小説『伐採』を、国立ヴロツラフ劇場の舞台に掛け、2014年のポーランドの演劇賞を総なめにした。

クリスチャン・ルパ 伐採
photo:Natalia Kabanow

ルパがベルンハルトの作品を手がけたのは、1992年に小説『石灰工場』を翻案し演出したのが最初で、次が1996年に戯曲『リッター・デーネ・フォス』、同じ1996年に戯曲『イマヌエル・カント』、そして5年を隔てて2001年にベルンハルト最後の長編小説『消去』の翻案を舞台に乗せている。『伐採』の上演の前年に小説『混乱』をフランスで演出し、2015年には小説『伐採』にまさるとも劣らぬスキャンダルを巻き起こした戯曲『ヘルデンプラッツ』を上演している。小説が4つ、戯曲が3つである。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』、リルケの『マルテの手記』、ローベルト・ムジールの『特性のない男』、ヘルマン・ブロッホの『夢遊病者たち』、ゴンブロビッチの『フェルディドゥルケ』等、ルパはベルンハルト以外にも長編小説の傑作を舞台化するのに長けた人だが、とりわけベルンハルトを自分の本領と考えていることは確実である。ちなみに、ルパが手がけた作品のうち『リッター・デーネ・フォス』、『消去』、『ヘルデンプラッツ』の3作を翻訳した私には、彼がいままでに手がけたのはどれもベルンハルト文学の核心をえぐり出すのにうってつけの作品だと思われる。

 

Woodcutters ― 伐採 ― クリスチャン・ルパ
Photo:Natalia Kabanow

ルパの『伐採』は、すでに昨年スペイン、北京、南仏アヴィニョンで上演されて絶賛を博し、今年は東京の他、上海、ソウル、パリでの上演が決まっている。ルパのこの舞台は、いままでより数倍の発信力を勝ち得た感がある。

ただしどういうわけかドイツ語圏ではルパの名はまだあまり高くない。オーストリアのグラーツでも2014年、現地の役者を使ったルパ演出の『伐採』が上演されたのだが、ドイツ語圏の主要全国紙の劇評は沈黙したままだった。ドイツではクラウス・パイマンというベルンハルトと二人三脚を組んだ演出家が健在で、その力があまりに大きいせいかも知れない。その状況は変わるべきだが、これだけ包囲網が整った以上、ドイツ語圏の主要都市でルパ演出のベルンハルト作品が上演される日は近いと思われる。

ベルンハルトの小説は一人称語り手のモノローグで構成されていることが多いが、そのモノローグは実は語り手の伝達する多数の人間の声から成るポリフォニックな構造を持っていて、それぞれの声に役者を割り当てればそのまま演劇になってしまう。そのことに気づいたのはベルンハルトが先かクラウス・パイマンが先か詳らかではないが、1971年の『ボリスの供宴』から死の前年の『ヘルデンプラッツ』にいたる17年間にほぼすべてパイマンが初演して20編もの戯曲が生み出されたのである。ところがどの戯曲でも、登場人物はみな長大な長台詞を延々と語りつづけ、受け渡しはなきに等しい。とはつまり戯曲の体裁は取っているものの構造的には小説との間にほとんど差がないのである。

%e2%98%85%e4%bc%90%e6%8e%a104_photo_natalia-kabanow
Photo:Natalia Kabanow

翻案を行わないパイマンと対照的に、クリスチアン・ルパは上にも述べたがベルンハルトの戯曲の演出と共に小説の舞台化に取り組んできた。『死の教室』の演出で日本でも熱狂的ファンの多いポーランドの鬼才演出家タデウシュ・カントルと深層心理と集合的無意識の研究で知られる心理学者カール・グスタフ・ユングを師と仰ぐルパにとって、死をテーマとするベルンハルトの小説は、無尽蔵の鉱脈であるに違いない。
覗きからくりのようなガラス箱の回り舞台とビデオを巧みに使った舞台、そしてなによりもいずれ劣らぬ優れた役者たちが発するポーランド語の美しい響きに引き込まれ、4時間以上の長丁場がまたたくうちにすぎること請け合いである。

 

 

 

ikedanobuo池田信雄

1947年東京生まれ。ドイツ文学者。2012年まで東京大学総合文化研究科教授。ジャン・パウル、ノヴァーリスを中心とした近代ドイツ文学および現代オーストリアの作家研究のかたわら、現代ドイツ語圏文学の紹介者でもある。トーマス・ベルンハルトの小説『消去』、『私の貰った文学賞』を始め、多数の文学作品の翻訳のほか、ヴェンダースの『ベルリン、天使の詩』などドイツ映画の字幕翻訳も手がけた。2014年から南ドイツ在住。

 

 

 


スタイリッシュな空間に映し出される、芸術と社会の退廃 『Woodcutters ― 伐採 ―』

洗練された空間設計と深い教養に裏打ちされた鋭い批評性で知られるポーランドの巨匠、クリスチャン・ルパの話題作がついに日本初演を迎える。オーストリアの作家、トーマス・ベルンハルトの小説をもとにした本作の舞台は、自殺した女優の葬儀の後に開かれた「アーティスティック・ディナー」。国立劇場の俳優、作家、ホストをつとめる地方劇場の支配人夫妻……パーティーに集う人々は、友人の弔いもよそに、いつものように酔い、不平不満と自虐、自慢の応酬を繰り広げる。いつ終わるとも知れぬ空虚な時間。だがやがて、彼らは本音を吐露し、互いを批判し始め――。続きを読む→
東京芸術劇場 プレイハウス  10/21 (金) ─ 10/23 (日)  チケットはこちら→

クリスチャン・ルパ
Photo:Katarzyna Paletko

クリスチャン・ルパ
演出家、舞台美術家、作家
1943年生まれ。物理、絵画、グラフィックデザイン、舞台演出を学び、76年ムロジェック『屠殺場』で演出家でデビュー。劇作、演出のほか美術・照明デザインも手がける。80年以後は国立スタリィ劇場を拠点に創作活動を行い、主にロシア、ドイツ、オーストリアの作品の翻案・演出に取り組む。特に舞台化が難しいとされるトーマス・ベルンハルトの戯曲・小説作品の翻案・演出では『イマニュエル・カント』、『石灰工場』、『消去』、『英雄広場』などで高い評価を得ている。近年の主な作品に『Factory 2』、『Persona. Marilyn』、『Waiting Room 0』など。