【インタビュー】ピチェ・クランチェン -『MI(X)G』を振り返って-
来たるべき移住/移民の時代への架け橋となる、
魂のパレード『MI(X)G(ミックス)』
フェスティバル/トーキョー(F/T)18のオープニングを飾ったのが世界的に活躍するタイのアーティスト、ピチェ・クランチェンによる『MI(X)G(ミックス)』(10月13日/14日公演)である。
ピチェは前回のオープニング『Toky Toki Saru(トキトキサル)』も手がけている。やはり屋外で、出演者が様々な趣向が凝らされた衣装を身につけて観客を巻き込むものだった。依頼したのは当時ディレクターの市村作知雄である。その意図は「タイの伝統から外れた作品をつくってほしい」というものだったという。
これは慧眼とも言うべきサジェスチョンである。アジア各国との交流は年を追うごとに活発になっているが、その大半はそれぞれの伝統文化を紹介していればよし、とする免罪符のような扱いも少なくないのだ。しかしいまやどの国でもビルが並びテレビを見て携帯やスマホで話す。国を超えて共通する文明が、あまねく国を結んでいる。むろんそれらは各国の伝統と溶け合って、各国で独自の発展をしている。文化とはそうしたダイナミズムによる動的変化の集積であり、決して博物館に収まっているものを指すのではないのである。
いうまでもなくピチェは、「タイ古典仮面舞踊劇コーンの名手であり、かつジェローム・ベルなどコンテンポラリー・ダンスの文脈でも活躍するアーティスト」として活躍してきた。その軛から離れ2年続けて取り組むF/Tオープニング・プログラムは、ピチェにとっても大きな挑戦だろう。そしてこれは次の世代への、大いなる架け橋になる可能性がある。
アジアにコンテンポラリー・ダンスが紹介されはじめた頃、そんなものに取り組む余裕があるのは主に伝統舞踊の人たちぐらいだったが、経済に余裕が出てきて新しい芸術に挑む若者の数が増えれば、伝統文化とは無縁の文脈でアクセスしてくるアーティストが増えてくるのは自然な流れだからだ。
今年のF/Tのテーマは「脱ぎすて跨ぎ越せ、新しい人へ」である。このフェスティバルテーマに呼応するように自作に取り組んでいたピチェに話を聞いた。
ーー前年の市村ディレクターからの「伝統舞踊ではない仕事を」という要望を聞いたときはどう思われましたか。
興味深く、そして、非常に挑戦的な提案だと思いました。『伝統舞踊の踊り手からの自由』という意味では、私はすでに自由な存在だと思っていますが、このような仕事をするにはちょうどいい機会だと感じました。
ーーオープニング・プログラムのタイトルは『MI(X)G(ミックス)』。これはどのようなコンセプトを表しているのですか?
これは一文字ずつ、それぞれに意味があります。Mは「Migration(移動)」、Iは「Immigration(移民)」、Xは正体不明な理解できない物、そしてGは「Grant(受け入れる)」です。
ーーこの作品全体のテーマは、移住/移民問題だそうですね。
はい。現在、世界的に移住者/移民が増加しています。そのため、もともとの住民と、新たにやってきた移住者/移民との間でしばしば問題が起き、ときに激化することもあります。日本は島国であるという地理的な要因からもこうした問題から距離を取ってこられましたが、ここ10年間、日本にやってきて働く外国人は急増しています。そのため、日本でも様々な軋轢が問題視されるようになってきました。そこでこの問題を皆とシェアしたいと考えたのです。移住者/移民は、決して奇妙で怖い存在ではなく、理解し得ない存在でもないのだ、ということを認識してもらおうと思いました。
ーー昨年の『Toky Toki Saru』と比べると、いくつか違いがありますね。「屋外でも舞台を設置せず、すべて芝生の上で行う」、「観客参加を多くする」等。
『Toky Toki Saru』は、個人とその感覚をテーマとした作品でした。一方、『MI(X)G』は日本人とその周りにいる他者をテーマとした作品です。ここでは昨年扱った「自己の心/精神の理解」という問題をさらに進めようと思いました。他者とともに生き、他者とともにある知恵を学ぶため、『他者への理解を必要としている人(間)の問題』を扱ったのです。舞台設定については事前に徹底的に考え抜きました。いわゆるステージを作らず、より一体化できるようパフォーマーと観客のエリアの区別をなくして、フラットな場にしたのです。
ーー昨年のように日没を挟んで盛り上げるのかと思いましたが、今回は明るい時間に終わり、ライトアップ等はしませんでしたね。
はい。『共生』について表現するには『誠実さ(嘘偽りのなさ)』が重要だと思ったからです。観客に対して隠し事や曖昧さを残さない。そのためにも自然な状態でパフォーマンスできるよう、陽が落ちる前に終わる時間帯を選びました。自然光の中で、出演者が隠したり隠れたりすることができない状況を作り、あらゆる面から観客に作品を見てもらおうと思ったからです。もちろん陽が落ちたあとに照明を使えば、観客に見てもらいたいポイントを絞ることができますが、誠実さの象徴として自然光を必要としたのです。
ーー今回特徴的なのは、数メートルにもなるバルーンのオブジェです。タコの触手のようなものがあったり、クラゲのようだったり、有機的なフォルムでした。このアイデアはどこからきたのですか? 制作にあたり要求したことはなんでしょう?
会場である南池袋公園はかなり広いため、遠くにいる観客からもはっきりと見えるようなサイズのオブジェが必要でした。オブジェのデザインについてのオーダーは、『種が特定できないような生き物で、かつ深海に住む生物に似た形をデザインすること』。深海生物は、困難な状況下でも生き残るために、環境に自分を適合させていく高度な能力を身につけている象徴として考えました。また『オブジェは、あるときには衣装であり、あるときは身体の一部にもなりうるようなデザインであること』。材質については『空気で膨らむ材質であり、軽いこと』でした。
ーーその効果は十分にありましたね。これらがはじめは広い公園のあちこちに散在し、子供たちや参加者が自由にふれあって遊ぶことができます。やがてそれは組み合わさって別の生物のようになったりしました。最後は中央に集められ、まるでトーテムポールのように一つの塊になります。異形の者達と参加者が、次第にひとつになっていきました。
そうですね。特にパフォーマーの皆は本当によくやってくれました。
ーー今回はパフォーマーもオーディションで選ばれたメンバーや外国人を含む多彩なメンバーがそろいましたね。
はい。作品のコンセプト上、移民の家系や、地元住民ではない人、故郷から離れて生活する人、あるいは混血といった、多様性のあるバックグラウンドを持つパフォーマーが必要でした。現代の社会はもう、国や人種を超え、祖国/地元を離れた人々が混ざり合う社会になってきているからです。そのような背景を持つパフォーマーを採用することで、作品がより強固に、そして明確になると考えました。パフォーマーは皆優れた人々で、どのグループとも協働作業はすべてうまくいきました。
ーー彼らとの協働作業はどのように進められたのですか。
創作プロセスは4つの段階にわけることができます。
まず第1段階は、私が5カ国から選んだ6人の振付家との協働作業でした。彼らはいずれも、混血・移民/移住者・あるいは生まれ故郷で生活していないといった特徴を持つ人々です。彼らとはオブジェの意味は何か、オブジェとどうコミュニケートするかについて、10日間かけて徹底的に話し合いました。その際、オブジェの扱い方は即興的に創っていく手法がベースとなりました。また初期段階でフランスから来た作曲家と振付家たちが協働作業を行いました。
第2段階では、各シーンの創作、作品の構成全体に関わる振付の創作を始めました。また、この段階からもう一人の作曲家であるDJローリーが創作に加わりました。
第3段階は、東京で行われたオーディションで選ばれた24人のダンサーとの協働作業です。ここでは2段階にわけて作業を進めました。まず最初にダンサーたちにそれぞれ自分のオブジェを選んでもらい、各自のオブジェをどう扱い、どう関わっていくかを考えてもらいました。次にバンコクで創作したシーンをダンサーに伝え、東京でその内容をさらに発展させました。
第4段階は、24人のダンサーと6人の振付家、そして2人の作曲家を含む全員での協働作業となりました。全員揃った状態でのオブジェの演出がやっと可能になり、振付もすべて決まって、作品の流れが完成しました。また特に重要な最後のシーンでは、パフォーマーたちが全員、それぞれのダンススキルを生かしたソロを創作する必要がありましたが、それも協働しながら作業を進めることができました。
ーー今回、パフォーマー達は、会場いっぱいに広がって同時多発的にオブジェを使ったパフォーマンスをしているかと思うと、あちこちで自分の素性を語ったり、ゲームが始まったり、大きな輪の中でダンスや特技を次々に披露したりしていました。かなり個人的なエピソードが語られることもありましたが、それらは見ず知らずの観客にとっては、ただの情報だともいえます。我々がそこから理解を深めるにはどうしたらいいと思いますか。
パフォーマーたちは、各人のアイデンティティーやスキルを存分に発揮していました。観客はそこで目にしたものや情報を、ことさらに解釈する必要はありません。パフォーマーは観客自身を映す鏡のような存在です。観客は、パフォーマーの姿を見ることで、自己に対する問いが生まれてくるのです。
ーーこの作品で、あなたが達成できたことは何でしょう。
観客がパフォーマーと一体となって作品で演じていた、ということですね。観客はほとんど作品の一部といっていいような状況が生まれていましたが、私にとってはそれが最も素晴らしい瞬間でした。観客がパフォーマーのようであり、またパフォーマーが観客のようでもある。パフォーマンスのために特別に用意された場所ではなく、公園のいたる所にパフォーマンスの場が広がっていました。パフォーマーが様々な背景を背負っていることは、全体を通して繰り返し語られていました。もちろん観客も、一人一人が違う人生を生きています。しかし彼らは区別なく、パフォーマンスの現場で共生し、一体となっていました。それがこの作品のテーマであり、成し遂げたことだといえるでしょう。
ーーもしも次回があるとするなら、あなたはどのようなことをしたいですか。
『What is Japan nowadays?(今の日本って?)』というテーマを考えています。ぜひやりたいですね。
(文:乗越たかお 翻訳・通訳:岩澤孝子 撮影:Alloposidae・中村年孝)
ピチェ・クランチェン
ダンサー・振付家。タイ古典仮面舞踊劇コーンの名優チャイヨット・クンマネーのもとで16歳より訓練を開始。バンコクのチュラロンコン大学で芸術・応用美術の学士号を取得後、舞台芸術を探究してきた。北米、アジア、ヨーロッパの各地でさまざまな舞台芸術プロジェクトに参加。フランス政府から芸術文化勲章シュバリエ(2012)、アジアン・カルチュラル・カウンシルからジョン・D・ロックフェラー三世賞(14) を受賞。近年では、『Dancing with Death』(16)『Black and White』(15) 『Toky Toki Saru(トキトキサル)』(17)などが日本で上演されている。
乗越たかお
作家・ヤサぐれ舞踊評論家 JAPAN DANCE PLUG代表 著書『ダンス バイブル』『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』『どうせダンスなんか観ないんだろ!?』など。月刊誌「ぶらあぼ」に「誰も踊ってはならぬ」を連載中。酒と共にダンスを語る「ダンス酔話会」も日本世界各地で。
アジアシリーズ vol.5 トランス・フィールド『MI(X)G(ミックス)』
コンセプト・演出 | ピチェ・クランチェン |
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日程 | 2018 10/13(Sat)15:00 10/14(Sun)15:00 |
会場 | 南池袋公園 |
国際舞台芸術祭フェスティバル/トーキョー18
名称 | フェスティバル/トーキョー18 Festival/Tokyo 2018 |
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会期 | 平成30年(2018年)10月13日(土)~11月18日(日)37日間 |
会場 | 東京芸術劇場、あうるすぽっと、南池袋公園ほか |
概要
フェスティバル/トーキョー(以下F/T)は、同時代の舞台作品の魅力を多角的に紹介し、舞台芸術の新たな可能性を追求する国際舞台芸術祭です。10周年、11回目の開催となるF/T18は、2018年10月13日(土)~11月18日(日)まで、国内外のアーティストが結集。
F/Tでしか出会えない国際共同製作プログラムをはじめ、野外で舞台芸術を鑑賞できる作品、若手アーティストと協働する事業、市民参加型イベントなど、多彩なプロジェクトを展開していきます。
タイの伝統芸能と現代性が共存した強靭な身体で、舞台芸術の枠組みを革新し続けるタイ人振付家ピチェ・クランチェンは、昨年の『Toky Toki Saru(トキトキサル)』に引き続き、フェスティバル/トーキョー18オープニングで新作の野外公演を手掛けました。
共催 | 国際交流基金アジアセンター |
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