>   > 劇場を出よ、街へ踏み出そう──JK・アニコチェ『サンド・アイル』~トランスフィールド from アジア~
2019/10/28

劇場を出よ、街へ踏み出そう──JK・アニコチェ『サンド・アイル』~トランスフィールド from アジア~

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(インタビュー・文:河野桃子)

 フェスティバルトーキョー(F/T)2019のあらたな試み「トランスフィールド from アジア」。これまでは、アジアから一国を選びその特集をしてきたが、昨年からはアジア全体をひとつのうねりととらえる企画に踏み出した。そのなかのひとつとして、10月28日~11月10日に豊島区内で、フィリピン/マニラを拠点にするJK・アニコチェ(以下、JK)と建築家の山川陸による体験型パフォーマンス『Sand (a)isles(サンド・アイル)』が実施される。


 「ドラえもんを作ってほしい」と、F/Tフェスティバルディレクターの長島確はJKへ期待する。さて『サンド・アイル』はどのような取り組みになるのか、その構想と思いをJKに聞いた。

※JK・アニコチェ氏の言葉は福岡里砂さんの通訳をもとにしています



アーティストが劇場を離れ、街へ出ることの意義

 JKはこれまでに2度、日本に長期滞在している。 一度目は2003〜04年にかけて、大阪に交換留学生として来ていた。次は10年後、日本にアーティストとして招かれ滞在制作をおこなった。


JK 大阪にいた時は、あちこちの教会や、ヤンキーの友達や、先生方と交流がありました。しかし10年後、アートコミュニティの中で出会った人達は、留学生だった時に自分が出会った人達とはまったく違いました。ヤンキーの友達も、お菓子をくれた大阪のおばあさん達も、アートコミュニティの中にはいない気がしたんです。


 2015年、JKは横浜の本牧で滞在制作をおこなった。タイトルは「GOVERNMENT」(※ガバメント=政府)。演出家・多田淳之介とコラボレーションし、“理想の都市”をテーマに国境や文化を越えた交差を試みた。そして2018年には、城崎にてフィリピンのカンパニー『シバット・ラウィン・アンサンブル』と、劇作家・石神夏希と、地元の住民とともに、観客参加型パフォーンス「GOBYERNO」(※タガログ語で「政府」)をクリエーションした。


JK 僕が興味があるのは、理想のコミュニティを考えること。それを、特定の土地のコミュニティに根ざしながらやってきました。とくに、社会的にも経済的にも厳しいコミュニティでいろんな活動をしてきました。
 フィリピンのパヤタス地区(ごみ処分場があり、毎日数千トンのごみが山積みされ、3000人前後の人々がごみの中から資源を集めて収入を得ている)には、三世代にまたがって字が読めない方々や、学校に行っていない子ども達がたくさんいます。そういう場所でなにかやろうとすると「じゃあどうやって食べていくんだ?」という質問が出るんです。1時間彼らと一緒になにかやろうとすることは、彼らにとって1時間の労働ができなくなることを意味するからです。
 そんな状況で「今、アートがこのコミュニティに必要だ」とはとても言えません。せめてアーティストができることは、なぜ彼らにとってアートが必要なのかを考えられるスペースや機会を作ること。結果に繋がる時もあれば、繋がらない時もありますけど、パフォーマーが外部からこなくてもコミュニティが自発的に変わっていけるような一押しをしたいという思いがあります。
 ただ、これからはパフォーマンスやコミュニティというものを越えて、さらに外の世界に出ていくことが必要だと感じています。もっと直接的に、なにかを発言したり、聞いたりしなければいけないと模索しています。


 アーティストが劇場を離れ、自ら「場所に出かけて行こう」または「その場所を通過してこう」という試みは、今年のF/Tラインナップにもあらわれている。今回JKの取り組む『サンド・アイル』は、「都市を通過しながら、見えないコミュニティを相手に、そのコミュニティに属さない人も出入りする中で立ち上がってくるものにフォーカスを当てよう」というプロジェクトだ。







『サンド・アイル』での試み

 まず、「どんなパフォーマンスにしようか」とJKが豊島区界隈をリサーチする段階で、こんなことがあった。


JK フィリピンレストランに行って「教会はどこですか?」と聞きました。というのも、私はコミュニティをテーマにした作品をつくるたび、まずは教会を探します。フィリピン人は教会を中心にコミュニティをつくるからです。 レストランで働いていたフィリピン人のおばあさんに「どこにみんなが集まる教会がある?」と聞いたその時、レストランのドアがバーン!と開いて、フィリピン人の神父様が入ってきたんです。あまりにもタイムリーだったのですごく驚きました(笑)
 その神父様は、日本語でミサをしながら3年ごとにいろいろな教会を渡り歩いているそうです。より多くの人達と知り合うためにあえてあちこちの教会で働くようにしていると言っていました。

 その神父さんとレストランのおばあさんに、自分がF/Tでやろうとしていることを説明しようとしたんです。でも、ピンとこなかったんですね。でも「国際フェスティバルなんです」と言ったとたんに「ああ、なるほど!」と。おそらく移民の方の多くは「日本のシステムや日本人の日常を邪魔しないように」という意識で生きていると感じます。そこで「国際的なものだよ」「あなたもウェルカムだよ」と言うと、受け入れられた感じがしたんじゃないかな。


 そんな体験をもとに、どんな人でも集まれる場としてのパフォーマンスができないか、と考えたのが『サンド・アイル』だ。構想としては、砂の入った「砂場」を3つのカートに入れる。そして、違うコミュニティに属する人々に、それぞれのカートのオーナーになってもらう。その「砂場」で、各自がお城を作るなりして自分の“物語”を表現するのだ。そこに貧富の差や人種は関係ない。肩書きやバックグラウンドを取り払って「砂場」のもとに集まった人々を繋いでいく。
 F/Tが開催される2週間という期間限定で、そこに集った人々の“物語”を「砂場」で現すことは、まさに『トランスフィールド』そのもの。なぜなら『トランスフィールド=土地を通過/移動していく』は、特定の土地を持つことができない。期間限定で形を変えていく砂になぞらえている。







『トランスフィールド』がアジアにもたらす希望

 『サンド・アイル』をはじめ、今年のF/Tは全体的に「街と積極的に関わろう」という目的を強く打ち出している。とくに『トランスフィールド』はフィールドを越えていくようす……あるいは溶けていくようすが見えることを試みて企画されている。長島は「一瞬でもフィールドの境界が溶けるようすが見えれば、その先に希望があると思う。F/Tにとって『トランスフィールド』はひとつの面白いチャレンジです」と言う。これによってパフォーマンスは、ひとつの完成された作品を見せるものではなく、作品が変化していくプロセスを見せていくものが多い。JKはそれを受けて、「アートに “プロセス”と“結果”があるとしたら、“プロセス”の方にも同等の関心を払っています。」と答えた。


JK 『トランスフィールド』というテーマは、私が大事にしているサードスペース(3つ目の場所)あるいは現実を変えるための空間づくりにぴったり合います。というのも、東南アジアではずっと政治的な不安定が続いています。そこではさまざまなバックグラウンドの人々が、政治的な意見の違いや、住んでいる場所などの地理的な違い、階級や出身国の違いなどをこえる必要があります。そのうえで、政治的なことや社会的なことを一緒に想像し、新しくシステムを作り替えたり、一緒に行動を始めるためのリハーサルの場が求められています。でも、そうした場=サードスペースに、人はいったいどうやってたどり着くのでしょう。それについで、アジア各地で多くの人達が試行錯誤しているんです。


 フィールドを越え、その境界が溶けていくことで、背景の異なる人々がともに未来を描いていける……それは、多様化するアジアに強く求められていることだろう。すでにその“トランスフィールド”は起きている。
 アジアだけではない。世界のいろんな場所でアーティストは、劇場から出て、街へ踏み出している。そうして自分のフィールドを出て、街の人々とコミュニケーションをとりながら何かを進めていくことは一種の社会そのものだ。相手とどういう関係をつくり、なにを生み出していけるかの片鱗を『サンド・アイル』で体感できるのでは、と期待する。







【近日公開予定】JKアニコチェ×藤原ちから×長島確によるフォーカス・ライブ 全編




 

JK・アニコチェ

パフォーマンス・メイカー
マニラを拠点に活動する「シパット・ラウィン・アンサンブル」のアーティスティック・ディレクター。被差別、被災コミュニティの若者向けのワークショップや読み聞かせの普及など、コミュニティと舞台芸術との関係を軸に幅広く活躍する。

インタビュー・文:河野桃子 撮影:鈴木渉

Sand (a)isles(サンド・アイル)

日程 10/28(Mon)-11/10(Sun)
演出・設計 JK・アニコチェ×山川 陸
会場 豊島区内


人と都市から始まる舞台芸術祭 フェスティバル/トーキョー19

名称 フェスティバル/トーキョー19 Festival/Tokyo 2019
会期 令和元年(2019年)10月5日(土)~11月10日(日)37日間
会場 東京芸術劇場、あうるすぽっと、シアターグリーンほか


概要

フェスティバル/トーキョー(以下F/T)は、2009年の開始以来、東京・日本を代表する国際舞台芸術祭として、新しい価値を発信し、多様な人々の交流の場を生み出してきました。12回目となるF/T19では国内外のアーティストが結集し、F/Tでしか出会えない国際共同製作プログラムをはじめ、劇場やまちなかでの上演、若手アーティストと協働する事業、市民参加型の作品など、多彩なプロジェクトを展開していきます。

 オープニング・プログラムでは新たな取り組みとして豊島区内の複数の商店街を起点とするパレードを実施予定の他、ポーランドの若手演出家マグダ・シュペフトによる新作を上演いたします。

 2014年から開始した「アジアシリーズ」は、「トランスフィールド from アジア」として現在進行形のアジアの舞台芸術やアートを一カ国に限定せず紹介します。2年間にわたるプロジェクトのドキュントメント『Changes(チェンジズ)』はシーズン2を上映予定です。

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