>   > 中国×アメリカの二人組アーティストが現代社会に投げかける、 「スペース・オペラ」という回答 ──香料SPICEインタビュー
2019/10/09

中国×アメリカの二人組アーティストが現代社会に投げかける、 「スペース・オペラ」という回答 ──香料SPICEインタビュー

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(インタビュー・文:もてスリム)

 実験的なエレクトロニックミュージックとポップスを組み合わせ、映像やパフォーミングアーツをとりいれながら多彩な活動を見せる「香料SPICE」。中国・杭州を拠点として活動する彼らは、今回F/Tで世界初演となる新作『新丛林 ニュー・ジャングル』を披露する。「SF漫画」を原案としてデジタルテクノロジーに言及しながらダンスや演劇を取りいれた特異な作品はいかに生まれたのか?「香料SPICE」を構成する中国人アーティストのチェンチェンチェンとアメリカ人ミュージシャンのイーライ・レヴィに、その独自の表現が生まれるまでと今作にこめた思いを尋ねた。

 

 

 

音楽とビジュアルの融合から始まった活動

 

── チェンさんは杭州美術学院に通われていた際に活動を始められたそうですね。活動を始めたきっかけはなにかあるのでしょうか?

 

チェンチェンチェン(以下、チェン) 大学の授業で池田亮司さんの作品を観せてもらって感銘を受けたんです。池田さんの作品は実験的で、音楽と芸術を融合させていると感じて。それで自分も、同じように単に音楽だけでなくさまざまなメディアを融合させた作品をつくりたいと思うようになったんです。

 

── 当時、同じような活動をされている方は中国にいたんでしょうか。

 

チェン いまでは音楽とビジュアルを融合させることは一般的ですが、当時は中国全土を見渡してもほとんどいなかった気がします。VJのような存在も当時はほとんどいませんでしたから。ビジュアルだけでなくダンスや演劇を組み合わせていたのは、ぼくたちだけだったかもしれません。

 

── そういった状況だと、作品を発表する場もなかなか見つからなさそうな気がします。

 

チェン 当時は大学のなかのフェスティバルや展示会でパフォーマンスを行なうことが多かったですね。イーライとの初めての取り組みも、舞台劇のようなパフォーマンスだったんです。俳優を探して、脚本を書いて、演出を手掛けて。「音楽」というよりは総合的な「実験場」としてパフォーマンスを捉えていました。

 

── 当時イーライさんはすでに中国で活動されていたんですか?

 

イーライ・レヴィ(以下、イーライ) バンドに入ってはいましたが、「香料SPICE」のような活動はしてませんでしたね。わたしがチェンと出会ったのは2013年で、中国に移ってから2〜3年経ったころでした。チェンに初めて会ったときは「中国にこんなことをやっている人がいるのか」と驚きましたよ。当時、中国の状況もまだよくわからないなかで、こんなマニアックで先端的な表現を行なうやつがいるのか、と。だから一緒に活動したいと思ったんです。

 

── アメリカと中国、しかも杭州だと文化的な環境もかなり違いますよね。

 

イーライ アメリカで知人と話していても、中国の音楽について知っている人はほとんどいませんでしたからね。杭州は友人から勧められたんです。北京や上海ほど生活のリズムも速くないし、のびのび活動できそうだなと。ただ、いざ来てみたらライブハウスなんかはぜんぜんないんだなと気づいて(笑)。

 

チェン 杭州に着いたころは自分のことで精一杯で、音楽シーンなんて見えてなかったんだと思うよ(笑)。

 

イーライ たしかに。でも杭州は変化がとても速い。わたしが着いたときは地下鉄さえなかったけど数年後にはできたし、ライブハウスも日増しに増えていきましたから。

 

チェン 自分の環境が整って活動を始められるころには、音楽の環境も整っていたんじゃないかな。

 

 

「秘密結社」のような音楽体験

 

── チェンさんは影響を受けたアーティストとしてよく「ピンク・フロイド」の名前を挙げられていますよね。幼いころから海外の音楽にも触れていたんですか?

 

チェン じつは、大学に入るまでは普通に中国や香港、台湾のポップスしか聴いていませんでした。しかも杭州美術学院の入試に主席で受かったので当時は全能感に溢れていて、大学に入ってギターを始めたらそれもどんどん上手くなるから「自分は神がかってるな」なんて思っていたんです。ただ、先生に勧められて『ピンク・フロイド ザ・ウォール』という映画を観てみたら、自分がこれまで築き上げてきたものが一瞬で崩壊してしまった(笑)。

 

── どんなところが衝撃的だったんでしょうか。

 

チェン 音楽ももちろん優れていましたが、ストーリーの演出や社会的な思想の表現、すべてがたった一本の映画に詰まっていることに感銘を受けました。ただストーリーを描くだけなら普通の映画になったしまうところに、さまざまな演出を加えることで想像もつかないような効果を引き出していて。ぼくも音楽というかたちで、より抽象的で概念的なものを表現していきたいと考えるようになりました。

 

── そこからいろいろな音楽も聴くようになった、と。当時、中国では普通に海外の音楽も聴けたんでしょうか。

 

チェン いろいろな手段で集めてましたね。中国は当時海外から大量のプラスチックゴミを輸入していたのですが、そのなかにはCDもたくさん含まれていた。それをブラックマーケットのようなところに流している人がいて。パッと見は普通のおじいさんだけどじつは音楽にものすごく精通している人が、もともと「ゴミ」だったCDを電気街でこっそり売っているんです。「今日はやってる?」「やってるよ」「なにかオススメの音楽はある?」って感じで、神秘的なおじいさんからいろいろな音楽を教わりました(笑)。

 

── 面白いですね。以前ハウイー・リー(※)というアーティストに会ったときも、同じように海外の音楽に触れていたと語っていました。

 

チェン 海外から入ってきた「秘密のディスク」をもっている人が尊敬されるような状況でしたからね。大学の教授にブラックマーケットへ連れていってもらうこともありました。ただ、大学院に入るころには中国のネット環境も整備されてきていて、「秘密結社」のように音楽を探す必要もなくなったんですけどね。

 

※北京を拠点として活動する音楽プロデューサー/DJ。中国の伝統的な楽器や音色を創作に取り入れ、世界中から高く評価されている。

 

 

正反対のふたりだからこそ生まれたスタイル

 

── 「香料SPICE」では、どのようにおふたりは作品をつくられているんでしょうか?

 

チェン じつは、最近ようやくふたりの息が合うようになったんです(笑)。今回の『新丛林 ニュー・ジャングル』は、ふたりが理想的なかたちで協力しながら完成した作品といえるかもしれません。もともとぼくらは真逆の性格で、考え方も正反対。イーラは繊細で没頭するとどんどんアイデアが出てくるけど、途中でやめてほかのアイデアに手を出してしまうことも多い。ぼくはどちらかというと「経営者」みたいな感じで全体を見ている。

 

イーライ わたしは同時に多くのことを考えてしまうので、ひとつのことをやり遂げるのが難しくて(笑)。新しい音楽を考えても、途中でまたべつのアイデアが出てきて気になってしまうんです。

 

チェン 逆にぼくは新しいことを考えるのが苦痛なので、イーライのアイデアを広げるようにしています。だからいまはプロジェクトの0〜50%をイーライがつくって、そこから100%までをわたしがつくりあげる。イーライの「半成品」を、ぼくが「完成品」にする感じです。イーライが自由に発想したアイデアを見ると、ぼくの頭のなかにパフォーマンスの情景が浮かぶんですよね。このスタイルなら、お互いの長所をきちんと活かせるわけです。

 

 

── いまの体制に到達するまでの試行錯誤も多そうですね。「香料SPICE」として中国の音楽番組『即刻電音』(※)に出演されたことも、制作に影響が生じましたか?

 

チェン あの番組に出たことで成長した部分も大きいです。現場で見よう見まねで覚えたこともたくさんありますし、DJはふたりともこの番組で覚えたようなものです。ほかのアーティストも毎日必死で努力していて、ある晩にプロデューサーと議論して新しいアイデアをつくったバンドが、次の日にはもうそのアイデアを実現させていることがままある。まわりについていくために、必死に背伸びしていた感じです。とくに『即刻電音』の審査員を務めていた尚雯婕さんにはかわいがってもらえて、プライベートでも音楽や今後の方向性についてたくさんのアドバイスをいただけました。

 

── 『即刻電音』(Rave Now)※ のようなテレビ番組だけでなく、音楽フェスティバルや今回のような芸術祭など、おふたりは活動の場も広がっていますよね。場所によってその内容も変えているのでしょうか。

 

チェン もちろんオーディエンスによって変えています。今年出演した「METATRON电音节」のように、ダンスミュージックのフェスティバルに出る際はお客さんを踊らせることを考えますが、今回の「フェスティバル/トーキョー」のような場合は劇場型なのでより芸術的な要素を強めます。オーディエンスが劇場に足を踏み入れて、ぼくたちとお互いにその空間の雰囲気を感じとりながらひとつになっていくことも重要ですから。ただ、中国では劇場よりライブハウスでパフォーマンスすることが多いんです。じつはいま「烏鎮演劇祭」という中国の芸術祭から声をかけられていて、日本での公演の映像を観て出演を判断させてほしいと言われています。劇場で公演を行なうことは少ないので、今回は貴重な機会でもありますね。

 

※中国のエレクトロニックミュージックのオンラインバトル番組。同番組から数多くの優れたアーティストが発掘されてる。

 

 

漫画+音楽+演劇=アニメ?

 

── 今回の『新丛林 ニュー・ジャングル』は、チェンさんが描いていた漫画をモチーフとしてつくられたと伺いました。音楽を中心に活動していたチェンさんがなぜ「漫画」なのでしょうか?

 

チェン 漫画を描こうと最初から考えていたわけではなくて、SF作品をつくりたかったんです。最初は絵を描いて展覧会を開こうと思ったんですが、ただ展示だけしてもぼくのやりたいことは表現しきれない。べつのやり方を考えた結果、アニメなら完璧に表現できるんじゃないかと気づいて。そこでまずは今回の『新丛林 ニュー・ジャングル』として音楽をつくることにしました。アニメを構想の核におきつつ、アイデアに舞台演出や音楽を加えていってひとつの大きな表現をつくっていく。来年の頭に漫画が完成するので、いまは音楽が先にできあがったような状態なんです。劇場的なパフォーマンスと音楽、そして漫画──それぞれ独立しつつも、すべてがつながっています。

 

── かなり壮大なビジョンですね……。

 

チェン これはぼくらの新たなスタイルをつくる挑戦でもあると思っています。これだけ複合的なものをひとつの作品にまとめている人は、まだ中国にいませんから。いま中国では観客が求めるもののレベルも上がってきていて、単なる音楽とビジュアルの組み合わせではなく、内容と手法、どちらも新たな表現を求められている気がします。その期待にも応えたいですね。

 

── イーライさんは今作のどんな部分をつくられているのでしょうか。

 

チェン 音楽はほとんどイーライのアイデアからつくられていますね。

 

イーライ わたしの役割は音楽をつくることですから、彼の描く未来のなかで音楽はどのようなものになるのかまず考えました。その結果、さまざまな音楽のジャンルを混ぜ合わせていくことにしたんです。電子音楽だけでなくポップス的な要素や、トリップホップやダブステップのようなダンスミュージックの要素……環境に合わせてうまく音楽が融合させていく。歌詞に関しては人間の感情に注目していて、「パッション」や「苦しみ」、「期待」といったキーワードを中心に考えたものです。

 

── 演劇的なシーンはチェンさんが脚本を書かれているんですか?

 

チェン 今回初めて脚本を手掛けました。ただ、今回はSFということもあってわからないことも多かったので、漫画版では「スクリプト・ドクター」と呼ばれる脚本を見ていただける方にかなり相談もしています。その方は『ゲーム・オブ・スローンズ』の制作にも携わられていて、脚本と世界観がきちんと合っているのか、漫画版の構成の面では多くのアドバイスをいただいています。じつは音楽に関しても『ゲーム・オブ・スローンズ』を意識している部分があって、一部意図的にかなりあの作品の音楽に寄せている部分もあります。

 

 

「哲学」と「科学」から少し先の未来へ

 

 

── 今作ではセキュリティやプライバシーなどデジタルテクノロジーをアイデアの核に置かれていますよね。チェンさんはいま大学院で哲学を学ばれていますが、哲学とテクノロジーのかかわりはどう捉えていらっしゃいますか?

 

チェン 哲学と科学を論じる「科学哲学」も最近注目されていますよね。現代において、テクノロジーやネットワークと哲学は切り離して考えられません。ぼく自身は、現代のネットワークやセキュリティ技術によって「神」や「倫理」の概念も揺らいでいると思っています。いまや現実の人間関係さえ「パスワード」によって管理されていて、パスワードを管理できる人こそが事実上の「神」のような存在にもなれるわけですから。

 

── 今作の重要な要素として登場する仮面(※3)も、現代のセキュリティやアイデンティティを考えるうえではよく登場するモチーフですよね。

 

チェン そうですね。じつは今作の発表に合わせて、作品で使用する仮面をつくる会社を立ち上げて販売する予定なんです。仮面とスマートフォンを連動させて、パスワードのように使えるようになっている。それに仮面をつけていれば自分の本当の姿をさらけ出さずにSkypeもできる。仮面をつけることで人と安全にコミュニケーションが取りやすくなると同時により孤独な存在にもなれるという、相反した現象を意図したものでもあります。

 

── 面白いですね。今回の作品は「SF」と表現されていますが、ひとくちにSFといってもさまざまな解釈があります。「サイエンス・フィクション」に「スペキュラティブ・フィクション」、中国では「科幻」と書きますよね。チェンさんは「SF」という言葉にどのようなイメージをおもちですか?

 

チェン 「サイエンス」や「スペキュラティブ」はよく使われるジャンル分けですが、ぼく自身はまた別の捉え方をしています。それは「スペース・オペラ」です。「スターウォーズ」シリーズがその一種だと思いますが、科学的に分析すると非現実的だけど、宇宙を描くことで社会や人間に問いを投げかけるような作品がスペース・オペラなのだと考えています。中国では科学技術の理解が求められるハードSFも流行っていますが、ぼく自身は『ブラック・ミラー』のように生活そのものを反映した作品に興味があります。これは「Poor SF」とも呼ばれるもので、遠い未来ではなく5〜10年後のように少し先の未来を描くような作品です。たとえば、人工知能で自律的に動いているように見えるロボットが、じつは四川省の山奥につくられた工場のなかで何万人もの農民が手動で遠隔操作しているような世界観ですね。最先端の科学技術を描こうとするのではなく、現実問題を投影しながら表面には浮かび上がってこないものを描いていく。それこそがぼくの目指している表現だし、『新丛林 ニュー・ジャングル』で実現しようとしていることでもあるんです。

 

※『新丛林 ニュー・ジャングル』では仮面をつけたパフォーマーが登場する。防塵マスクを模したこの仮面には、USBのアイコンを模した模様があしらわれている。

 

 

 

香料 SPICE

2012年中国・杭州で設立。哲学的な歌詞とマルチメディアを使ったライブパフォーマンスで注目される。現在は設立者のチェンチェンチェンとアメリカ出身のイーライ・レヴィとの二人組で活動。チェンチェンチェンは中国美術学院本科でミクストメディア、修士でインターメディアを学び、現在は首都師範大学哲学科博士課程に在籍。レヴィはアレンジャーとしても活躍中。
Sound Cloud: https://soundcloud.com/spice-band

インタビュー・文:もてスリム

香料SPICE 新丛林 ニュー・ジャングル

コンセプト・演出・出演 香料SPICE
日程 10/18 (Fri) 19:30 ★
10/19 (Sat) 16:00
10/20 (Sun) 16:00
会場 東京芸術劇場シアターウエスト


人と都市から始まる舞台芸術祭 フェスティバル/トーキョー19

名称 フェスティバル/トーキョー19 Festival/Tokyo 2019
会期 令和元年(2019年)10月5日(土)~11月10日(日)37日間
会場 東京芸術劇場、あうるすぽっと、シアターグリーンほか


概要

フェスティバル/トーキョー(以下F/T)は、2009年の開始以来、東京・日本を代表する国際舞台芸術祭として、新しい価値を発信し、多様な人々の交流の場を生み出してきました。12回目となるF/T19では国内外のアーティストが結集し、F/Tでしか出会えない国際共同製作プログラムをはじめ、劇場やまちなかでの上演、若手アーティストと協働する事業、市民参加型の作品など、多彩なプロジェクトを展開していきます。

 オープニング・プログラムでは新たな取り組みとして豊島区内の複数の商店街を起点とするパレードを実施予定の他、ポーランドの若手演出家マグダ・シュペフトによる新作を上演いたします。

 2014年から開始した「アジアシリーズ」は、「トランスフィールド from アジア」として現在進行形のアジアの舞台芸術やアートを一カ国に限定せず紹介します。2年間にわたるプロジェクトのドキュントメント『Changes(チェンジズ)』はシーズン2を上映予定です。

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