自死と病を問う新たなる映像作品『Berak』 ――タブーを越え、分かり合うために
テアター・エカマトラは、複数の公用語を持つシンガポールの中でも少数派であるマレー語で作品を作る、30年以上の実績を持つカンパニーである。トランスフィールド from アジアの演目として上演されるはずだった『マラヤの虎』はコロナ禍で中止となった彼らが、今回新たに映像作品として発表する『Berak』は、チョン・ツェシェンの戯曲『Poop!』(2009)を翻案し、社会において「自殺」が人々にいかに受容されうるのかを問いかける作品だ。現在、創設者の思いを継いでカンパニーを率いる演出家のモハマド・ファレド・ジャイナル、そしてプロデューサーのシャーザ・イシャックが、オンラインインタビューで創作について語ってくれた。
『Berak』より
――「現代的で実験的なマレー演劇を上演すること」をテーマにテアター・エカマトラが活動を開始したのは、1988年のことですね。
ファレド 私がテアター・エカマトラに参加したのは1993年のことで、当時、我々はシンガポールにおいてマレー語で演劇を作るほぼ唯一のカンパニーでした。実験的かつ自由で、特別な演劇教育を受けたわけではない人でもアーティストとして参加できるプラットフォームを作り上げることに尽力してきましたが、カンパニーの活動が長年続くにつれて、より地域コミュニティと関わる方向へシフトしていきましたね。
私も10年以上、大学の演劇教育の現場で教えています。学生たちはシェイクスピアやギリシャ劇も学びますが、伝統芸能の流れを含めた現代の東南アジア演劇を参照することもあります。とはいえ、経済的な理由で継続が難しいなど、卒業できる人数はあまり多くないのが実情です。だから私は学生たちに、アートに関連した仕事に就くことだけを目的にするのではなく、アートに関する知識にセンシティブになり、感覚を研ぎ澄ました人になってほしい。勉強することを通して将来的に、アートを知らない人々にも、アートの意義や価値を認めてもらえるようにできればいいなと思っています。
――複数の公用語を持つシンガポールの中でも少数派のマレー語で、演劇を通して社会問題にアプローチしている意義を教えてください。
ファレド マジョリティとマイノリティの関係は私たちにとって非常に重要なことです。私たちは言語的なマイノリティに属している。しかし、私たちの声は、マジョリティに聞かれなくてはならない。
シャーザ マジョリティの持つ特権は状況によって異なるにせよ、私たちは社会構造の普遍的な問題にチャレンジしているんだと思っています。
――そうしたテアター・エカマトラの在り方については、しばしば「トランスクリエーション」という言葉を用いて説明されていますね。
シャーザ 我々が初めて「トランスクリエーション」という言葉を使ったのは2017年だったと記憶しています。「トランスレーション(翻訳)」よりも的確だと思ったからですね。言葉の翻訳だけではなく、文化的な背景・環境全体を創作しなおすというニュアンスです。
ファレド マレー系の90%はムスリムですので、宗教的な問題も創作の上では非常にセンシティブな問題となりえます。
――『Berak』は仏教的な世界観で書かれた戯曲を、ムスリムの家庭に置き換えてトランスクリエーションしていますよね。未曾有のコロナ禍に世界が見舞われる中、「自殺」や「病気」に正面からスポットを当てる作品だと聞いています。
シャーザ ムスリムの間では「自殺」はもっとも罪深い行為で、実はコミュニティの中では話題にすることすら難しいテーマです。ムスリムのコミュニティは、死……とりわけ「病気」「自殺」について語ることを避ける傾向がある。私たちは、そうした不安や不快感を与えるトピックをあえて選び、光を当てたいと思った。つまりメンタルヘルスと自殺の関連についてですね。なぜ人が自殺に至ったのかを考えるとき、ムスリムの人々は「黒魔術にかかったせいだ」「悪霊に取りつかれたからだ」と言うことがあって、私はそういう語りづらさを変えなければいけないと思うんです。つまり、自殺は本人のメンタルヘルスが大きく関係する問題として捉えるべきだと。
ファレド 今年3月に、シンガポールで舞台作品として初演予定だったのですが、本番の数日前に上演中止を判断しました。もともと俳優の身体と映像の組み合わせなどに大きくチャレンジする予定だったことから、稽古の努力を無駄にしないためにもデジタルバージョンに移行することを決めたんです。
――当初、「死」というテーマについて、シンガポールに暮らすムスリムの人からの反応はどういうものになると予想していましたか?
シャーザ 主に二つのリアクションがあるだろうと思っていました。一つめは、作品を観には来てくれるけれど、扱われている問題については語らないパターン。しかし、私たちが勇気を持ってこうしたテーマに取り組んだことに、好感を持ってくれることを願います。もう一つは……たいへん気分を害する人が現れるでしょうね。「(この作品が上演されることによって)自殺者が増えてしまうんじゃないか?」と考える人が出てくる可能性はあります。もちろんそんなことを意図しているわけがないんですけれど、そう思われる可能性は、ある。それについても「一緒に話し合いましょう」というスタンスを取りたいです。
ファレド 人は黒魔術のせいで自殺するのではないということを知ってもらえるような作品になったと思う。ネガティブなモチーフから、どうすれば生きる力を見いだせるかということに私たちは焦点を当てました。死について、他者と対話ができる機会をひらくことによって、人々が自信を持って問題をシェアし、サポートしあえるきっかけになると良いと思っています。
――3月の上演中止に続き、F/Tへの参加も映像に切り替わりましたね。今年は、世界中のフェスティバルの上演形態が見直されることになりました。
シャーザ 本来なら『マラヤの虎』(2018)が日本初演となる予定だったのですが、渡航が困難であると判断し、F/Tとテアター・エカマトラで話し合った結果、映像作品を公開することになりました。
ファレド コロナウイルスの影響を抜きにしても、デジタル的な要素や映像はこれまでも創作で用いてきましたので、それが私たちのアイデンティティのひとつにもなっています。今後も、そうしたデジタルな方向性を拡大していくことになると思います。しかし私たちは演劇を作るカンパニーであって、映像作品を仕上げるプロフェッショナルではない。だからメンバー同士、出来るだけサポートしあって作りましたし、デザイナーや俳優が映像に切り替える方向性に同意してくれたことも大きな要素だったと思います。
シャーザ 映像チームのデザイナーたちが何に興味を持っていてどういうことをやりたいと思っているかを聞き、話し合い、プロセスを重要視して作り上げました。映像を撮影している間は、最終的にそれがどういう形になるか全く想像がつかない状態でした。政府がもうすぐロックダウンを発表することがわかっていたので、撮影時間も限られていましたし……。
現在(※2020年10月10日インタビュー時点)のシンガポールでは、50人を最大客席数とした制限付きで劇場が開かれていますが、私たちは引き続きデジタルで作品を公開する手法を選び、子供向けのプログラムシリーズも作っています。
ファレド 私個人としても、観客を感染の危険にさらすことはしたくないので、安全に上演をするためにも映像配信という手法は良いのではないかと考えています。コロナウイルスの脅威が去ったあとにも、デジタルで演劇を作っていくことに関しては引き続き将来性があると感じています。デジタル的な要素はまだまだ私たちにとって新しいことで、私たちはそうした状況での創作に取り組むことを楽しんでいる段階です。私たちが創作を楽しんでいるということが、一番大事ではないでしょうか。今の状況下では、誰が、何が、正しいとか間違っているとかいうこともありませんし、何より私たちのカンパニーは創設当初から「作品を作り続ける」ことに注力してきたのですから。
シャーザ けれど、私たちは本当にお客さんを劇場に招いて上演ができないということを、本当に寂しく思っています!
『Berak』より
――私もおふたりを含めたカンパニーに実際にお会いできなくて寂しいです。
シャーザ 今年初めて、テアター・エカマトラとして訪日する予定だったんですよね。だから『Berak』に続いて『マラヤの虎』上演に向けて、F/Tと協議できていることを嬉しく思っています。『マラヤの虎』には日本の俳優(※田中佑弥、北川麗、ともに中野成樹+フランケンズ所属)も参加してくれていて、第二次世界大戦時における日本とシンガポールの歴史を考える上でも重要な作品です。
――『Berak』の配信を楽しみにすると同時に、日本でテアター・エカマトラ舞台作品を観られる日が来ることを心から願っています。本日はありがとうございました。
テアター・エカマトラのメンバーが、 "映像演劇作品" 『Berak』製作への軌跡を振り返るショートムービー
モハマド・ファレド・ジャイナル
演出家、パフォーマー、ビジュアルアーティスト、舞台美術家、テアターエカマトラの芸術監督。School of Arts(SOTA)教授も務める。Edith Podesta『Dark Room x8』(13)にてStraits Times Life! Theatre Award最優秀アンサンブル賞、Cake Theatre『Comedy of the Tragic Goats』(09)にて同最優秀ディレクター賞ほか受賞多数。
シャーザ・イシャック
テアター・エカマトラの代表取締役。17歳からテアター・エカマトラに参加し、クリエイティブメンバーや制作メンバーとして、演劇制作における多くの役割を模索してきた。現在はカンパニーのマネジメントをするだけでなく、芸術監督と緊密に協力して、作品の企画や制作に携わっている。また、シンガポール国内外における少数民族の芸術シーンの進歩促進に取り組んでいる。2019年、セントラル・スクール・オブ・スピーチ・アンド・ドラマ(英国)を修士課程卒業。国際舞台芸術協会(米国)会員(2017-2019)で、2020年秋にアイゼンハワーフェローシッププログラムに参加予定。
落 雅季子
1983年東京生まれ。LittleSophy主宰。演劇・ダンス批評の他、近年はクラシックバレエの学びを深く行なっている。Twitter:@maki_co
死んだらどうなる? 自死、病とコミュニティとの関係を解きほぐす
ファンタジックでポップな映像演劇
Berak
製作 | テアター・エカマトラ |
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配信期間 | 10/16 (Fri) 12:00 - 10/29 (Thu) 23:55 |
会場 | F/T remote(オンライン配信) |
詳細はこちら |
人と都市から始まる舞台芸術祭 フェスティバル/トーキョー20
名称 | フェスティバル/トーキョー20 Festival/Tokyo 2020 |
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会期 | 令和2年(2020年)10月16日(Fri)~11月15日(Sun)31日間 |
会場 | 東京芸術劇場、あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)、トランパル大塚、豊島区内商店街、オンライン会場 ほか ※内容は変更になる可能性がございます。 |
概要
フェスティバル/トーキョー(F/T)は、同時代の舞台芸術の魅力を多角的に紹介し、新たな可能性を追究する芸術祭です。
2009年の開始以来、国内外の先鋭的なアーティストによる演劇、ダンス、音楽、美術、映像等のプログラムを東京・池袋エリアを拠点に実施し、337作品、2349公演を上演、72万人を超える観客・参加者が集いました。
「人と都市から始まる舞台芸術祭」として、都市型フェスティバルの可能性とモデルを更新するべく、新たな挑戦を続けています。
本年は新型コロナウイルス感染拡大を受け、オンライン含め物理的距離の確保に配慮した形で開催いたします。