四谷の街を実際に体験するガイドツアー『四谷雑談集』
『F/T』が日本の演劇シーンに普及させてきたものに、「ツアーパフォーマンス」という形式の演劇がある。劇場の観客席に座って受動的に作品を鑑賞するのではなく、オリエンテーリングのように観客が街中を歩きながら、作品を能動的に体験するというこの手法。
今回、日本で最も有名な物語の1つ『四谷怪談』をツアーパフォーマンス作品に仕立てあげたのが、演出家の中野成樹とドラマトゥルク(作品に関する資料的なリサーチやアドバイスを担当)として活躍する長島確。「物語を旅する」という『F/T13』のテーマを文字通り体現するものとなった彼らの作品。いったい、参加者たちはこの2作品を通じて何を目にするのだろうか?
(c) Kazue Kawase
中野・長島は『四谷怪談』について、『四谷雑談集(よつやぞうたんしゅう)』と『四家の怪談』という2つのバージョンの作品を創作した。『四谷雑談集』では、観客はそれぞれグループに分けられて、新宿区・四谷の街を歩いていく。現在『四谷怪談』として、広く親しまれているのは、鶴屋南北の『東海道四谷怪談』(1825年)だが、遡ること約100年、1727年に書かれ、南北が参考にしたとされる『四谷雑談集』がこの作品の元ネタになっている。つまり日本最古の四谷怪談が『四谷雑談集』なのだ。
新宿通りや外苑通りなど、四谷の街の一部しか知らない人にとって、四谷の坂道の多さには驚くばかり。ツアー出発前に行われるレクチャーで長島は、「四谷の地形は今も昔も変わっていない」ということを強調していた。江戸時代というはるか昔、もしかしたらお岩さんもまたこの坂道を駆けていたのかもしれない。ガイドに従って歩いていくと、昔ながらの商店街や、そこに集う人々を脇目に、黄色い宣伝カーが通り過ぎていったりする。一見、なんの変哲もない街並みだが、そこには江戸から続く300年の歴史が刻まれているのがじわりと感じられてくる。
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北千住の街を自由に歩き回る、創作民話『四家の怪談』
一方、北千住を舞台にした『四家の怪談』の参加者に対しては、中野成樹が創作した新作民話が事前に配布される。
(c) Kazue Kawase
中野は『四谷怪談』を元ネタにしながら、女子大生の岩と、居酒屋店員の伊右衛門が登場する物語を執筆。北千住や牛田、五反野の街を描いたこの小説の、いわば「ロケ地めぐり」をするかのようなツアーパフォーマンスだ。こちらは四谷バージョンと異なって、グループではなく、地図を渡された参加者がめいめい勝手に街を巡っていく。中野によれば「何時間かけて歩くもよし、居酒屋に入るもよし、途中で離脱するもよし」と、参加者に任せられた裁量は大きい。それぞれ地図を頼りにしながら、参加者たちは寄り道をしつつ各々のペースで巡っていく。
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「いい感じの商店街」「いい感じの飲み屋街」などの文字が書かれた地図を頼りに歩く北千住の街。デパートが並ぶ商業エリアから高層マンション、一戸建ての並ぶ住宅街へと、わずかな距離でも街はその姿を変えていってしまう。通りを歩く中学生も、ひなたぼっこをする猫も、横を通り過ぎる黄色いトラックも、その全てがフィクションのような、そうではないような感覚に襲われるのがツアーパフォーマンスの醍醐味。小説の中に描かれた風景を思い出したり、個人的な記憶を不意に思い出したり、眼前に広がる街を二重写し、三重写しにしながらゴールまでの2時間を過ごした。長島は言う。
「街には建築物や人々、そして情報が大量に存在しています。もしこれを舞台美術として作ろうと思えば、制作にかかる時間も予算も莫大な規模になってしまう(笑)。そう考えると、街を舞台に作品を作るのは、とても面白いことなんです。ただし、街というのは複雑で奥が深く、わかりやすいものではありません。街の中にある、いろいろな物語を感じ取るための入り口として、この作品があるのではないでしょうか」
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江戸時代から繰り返されてきた「二次創作」を引き継ぐのは参加者
ふと、街を歩きながら、この作品を楽しむ1つの方法として「二次創作」という言葉が思い浮かんだ。鶴屋南北は『四谷雑談集』の二次創作として『東海道四谷怪談』を執筆し、中野成樹は『四谷怪談』の二次創作として『四家の怪談』を執筆した。つまり、今回の中野・長島版『四谷怪談』は、「現存する最古と最新の四谷怪談を行う」というテーマが隠されている。
そして、その中野・長島版『四谷怪談』がツアーパフォーマンス作品として提出されることによって、参加者たちにもまたさらなる『二次創作』の可能性が開かれていく。もちろん、それは作品として完結するものでなくても構わない。四谷の、北千住の街を歩きながら見たり感じたりする体験や、頭をよぎるイメージこそが、この作品の上演なのだ。「物語を旅する」という『F/T13』のテーマにのっとるなら、旅をするべき『物語』は、自分で決定し、生み出していくもの。『四谷雑談集』『四家の怪談』という2つの作品は、そのための「地図」なのではないだろうか。
(c) Kazue Kawase
なお、本作のためには、中野・長島のほかに「つくりかたファンクバンド」なる集団が結成され、建築家の佐藤慎也、文筆家の小澤英実、音楽家の大谷能生などがメンバーに名前を連ねている。今作のために音楽を作曲した大谷によれば、「ツアーの中のある箇所で音楽が聴こえてきます。詳しくは参加してからのお楽しみ」ということ。「EXILEとAKB48を足して2で割った感じ」というオーダーを受けたものの、結果的に「森高千里風」(中野成樹)の曲になったということだ。この原稿の中にもヒントを散りばめたので、ぜひ街に繰り出して探してみてほしい。